西国三十三所の第三十二番札所は、繖山きぬがさざん観音正寺かんのんしょうじです。長命寺に続いて聖徳太子の開基のお寺で、人魚伝説の寺としても知られています。
観音正寺の巡礼情報
観音正寺は、旧安土町(※現近江八幡市)にあるお寺で、この地域に勢力を誇った戦国大名六角氏の居城があったところでもあります。居城が築かれていたころは、お寺は山麓に移っていたそうですが、六角氏滅亡後はまた山上にもどっています。「天空の寺院」と自称されておられるとおり、1,200段の石段を登る屈指の難所となっています。なお、現在は境内まで車で行くことができます。
観音正寺の縁起
観音正寺の成立縁起は、観音正寺のホームページに詳しく記載されています。
www.kannonshoji.or.jp(2021.7.3閲覧)
また、同じ山内にある桑實寺くわのみでらの成立縁起である『桑實寺縁起』*1にもわずかながら記載があります。まずはその記述をご紹介させていただきます。
~あらゆるものの根源となる気のうち、澄んでいるものは天となりました。濁っているものは地となりました。滔々とした大海の上に1株の桑の木が生えていました。梢の大きさは九山を覆い、根は八海にからみあっていました。この木が三つの実をつけました。一つは金の烏となって木の頂きを飛び回りました。一つは玉の兎となって枝の辺で遊び回りました。これはすなわち、天下を照らす日光・月光の垂迹です。最後の一つは地に落ちて山となりました。今の桑實山がこれです。その形は葉っぱのようで、その色は紅葉のようです。あたかも天蓋のようでした。それゆえ繖山と名づけました。渓谷には声は広く長く響きます。山岳の色は清浄身のようです(※蘇東坡の詩「贈東林総長老」をふまえた表現)。この世の終わりにも崩れることはありません。天真独朗(※大いなる悟りの境地)の不動の山です。観世音菩薩が浄土で行われる強力な禅定の盤陀石(※座禅のための石)です。
聖徳太子が33歳の厄難を払おうとして千手観世音菩薩の像をその石の上に安置されました。この時、観音菩薩像は光を放ち、「この地はまさに仏法を説くのにふさわしい地である」とおっしゃいました。そこで精舎を建てて観音正寺と号しました。三十三人の僧侶をすえて天下泰平の祈念をさせました。三十三所巡礼の随一のお寺で、四八神変の大伽藍です。~
ここでは、聖徳太子が観音さまのお告げでこの地にお寺をひらいたことになっています。
観音正寺のホームページによると、このお話に人魚がからんできます。それによると、近江の国を遍歴していた聖徳太子が、ある時、琵琶湖から出てきた人魚に会われたそうです。人魚は、「私は前世が漁師であり、殺生を生業としていたことから、このようなみじめな姿になってしまいました。どうか繖山にお寺を建てて、私が成仏できるようにお祈りください」と懇願したそうです。そこで聖徳太子自ら千手観音の像を刻まれ、観音正寺を建立された、ということです。
なお、現代人は人魚と言うと美しい女性の人魚をイメージしてしまいますが、この人魚はおそらく男で、人間と畜生の間という中途半端な存在として人魚が扱われているように思います。
観音正寺の見所
観音正寺の見所をご紹介します。
鐘楼
※鐘楼
鐘楼です。
仁王像
※仁王像
観音正寺には山門がなく、いわば山門の代わりとしてお寺を守っています。
書院
※書院
境内入って右側にある書院です。聖徳太子一千四百年御遠忌事務局がおかれています。
一願地蔵
※一願地蔵
一つだけお願いを叶えてくださるお地蔵さまです。屋根は茅葺きで、かなり厚い苔に覆われています。
大日如来
※大日如来
大日如来が祀られています。脇侍は子授け地蔵で、本堂で前掛けを購入し、子授け・子育て・家族繁栄を願ってお地蔵さまにかけると願いがかなうそうです。
釈迦如来坐像(濡佛)
※釈迦如来坐像(濡佛)
先代の像は江戸時代から安置されていたそうですが、第二次世界大戦の金属供出で持って行かれてしまいました。1983年、平和への願いをこめて再建されました。
護摩堂
※護摩堂
護摩行を行う際の道場です。
太子堂
※太子堂
開山である聖徳太子をお祀りするお堂です。
本堂
※本堂
先代の本堂は明治時代に彦根城の欅御殿を移築したものだったそうですが、1993年に焼失してしまいました。現在の本堂は2004年に落慶したということです。ご本尊の千手千眼観世音菩薩座像も同年に再建されましたが、インド政府から特別な許可を受けて輸入された白檀という香木を23トンも使用して作られています。像高6.3メートル、座高約3.5メートルという大きさで、紀三井寺の大千手十一面観世音菩薩像と同じく松本明慶仏師の制作です。
観音正寺のご詠歌
ご詠歌とは、花山法皇が各札所で詠まれた歌と伝えられています。
あなとうと みちびきたまへ かんのんじ
とおきくにより はこぶあゆみを
(あなたうと 導きたまへ 観音寺
遠き国より 運ぶ歩みを)
漢字表記、歌の解釈は紀三井寺前貫主前田孝道師*2によります。
「あな」は「ああ」という感動の言葉です。「たうと」は尊いです。勿体ない、有り難いなどの意のこもった言葉です。「観音寺」は観音正寺のお観音さまということです。
「遠き国より、運ぶ歩みを」は、三十三所観音巡礼がこの寺まで巡って来るには、長い道のりを経なければなりません。誰でもが簡単にお参りすることができるというものではないのです。
ことに昔の巡礼たちにとっては、交通便利な今日の感覚で考えるようなものではなく、極めて厳しい信仰の旅であったはずです。
三十一番長命寺のご詠歌も「運ぶ歩みの かざしなるらん」と詠まれていましたが、徒歩巡礼の方々にとって、この三十一番、三十二番まで来たというのは、かなり感慨深かったことでしょう。それゆえ、両ご詠歌で「運ぶ歩み」と詠まれているわけです。最後はここから70kmを超える距離を歩いて、華厳寺です。ここまで来た方々にとっては、それほど長い距離に感じなかったかもしれませんね。
観音正寺へのアクセス
観音正寺のホームページに詳しいアクセス情報が掲載されています。
kannon.or.jp(2021.7.4閲覧)
公共交通機関
JR「能登川駅」から近江鉄道バス「八日市駅」行に乗車、「観音寺口」下車徒歩約40分(「能登川駅」から約51分)。
お車
名神高速道路「竜王IC」から北東に約30分。
「西老蘇」側(安土)から林道を登った場合、表参道駐車場あり。数台。繖山林道景観整備協力金として600円(※通行時間は8:00~16:00)。駐車場から境内まで徒歩約15分。
※表参道駐車場
「五箇荘南」側(五箇荘)から林道を登った場合、裏参道駐車場あり。約15台。車輌整理料600円(※通行時間は8:00~16:30)。駐車場から境内まで徒歩約10分。
※なお、裏参道駐車場から登ると悪路にはなるが仁王像前に停めることも可能。10台程度
観音正寺データ
ご本尊 :千手千眼観世音菩薩
宗派 :天台宗(単立寺院)
霊場 :西国三十三所 第三十二番札所
近江西国三十三所 第19番
びわ湖百八霊場 第70番札所
神仏霊場巡拝の道 第139番
所在地 :〒521-1331 滋賀県近江八幡市安土町石寺2番地
電話番号:0748-46-2549
拝観時間:8:00~17:00
拝観料 :大人500円、中学・高校生300円、小学生以下無料
URL :http://kannon.or.jp/
第三十一番 長命寺 ◁ 第三十二番 観音正寺 ▷ 第三十三番 華厳寺
南坊の巡礼記「観音正寺」(2021.5.4)
いよいよ結願の日がやってきました。この日はまず三十二番観音正寺に参拝し、それから華厳寺をお参りすれば結願です。まずは、観音正寺を目指しましょう。
自宅を7時45分ごろに出発し、 名神高速道路に乗ります。8時44分に竜王ICを降りて、そこからは下道で観音正寺を目指しました。
事前のリサーチでは、表参道駐車場と裏参道駐車場があるということでしたので、やはり表参道から行くべきだろう、と思い、そちらに向かいます。国道8号線の「西老蘇」交差点で左折をして山の方に車を走らせました。
山道に入りしばらく走ると、右側に林道の入口が見えてきました。ゲートと料金所もあります。車を進めると、ご夫婦でしょうか、ご高齢の男女の方が受付をしておられました。600円の繖山林道景観整備協力金をお支払いします。公道ならば国や県が整備してくれますが、私道の場合は維持・管理すべて自分たちでやらないといけないですからね。当然のことだと思います。
そして、ゲートは何と衝撃の手動で、お父さまが持ち上げておられました。ありがとうございます。この日は天気がよかったしちょうどいい気候だったのでよかったですが、雨や雪の日は大変だと思います。頭が下がります。
5分くらい走ったら駐車場があり、そこから境内まで15分くらい歩くということを丁寧に教えてくださいました。 教えていただいたとおり、車を走らせます。
するとまったくそのとおりで、5分くらいで駐車場に到着しました。数台停めることができますが、停まっているのは1台だけでした。その1台も、何となく業者の方のように思います。
※駐車場から石段への登り口
石段に座って休憩しておられるおじさんがいらっしゃったのでご挨拶し、石段を登り始めました。ここからまだ400段あるそうです。
※石段途中の二十六番の格言
石段の途中には、番号付きの格言が吊るされています。二十六番は「かけられている迷惑より かけている迷惑は気づかない」です。本当にそうですね。これを丁石代わりにカウントダウンしていくことができます。一番は石段の最終段のところにありました。
きちんとした丁石もあります。
※十丁の丁石
この十丁というのは、下から数えて十丁ということでしょう。山の麓からですと石段は1,200段あるらしいですが、ここで十丁ということは、下から登っても上醍醐や圓教寺よりもかなり近そうです。ということで、最初に言われていたよりも時間はかからず、10分弱で境内のレベルに到着です。
※石段最後の一番の格言
ちょっと暗いので何と書いてあるか分かりにくいと思いますが、「人の一生に厄年はない 躍進の「やく」と考えよ」と書かれています。お寺的には厄年の方にご祈祷に来てもらう方が金銭的に助かると思うのですが、採算を度外視した格言ですね。
ここまで来てびっくりしたのは、車が何台も停まっていたことです。どうやら裏参道からだとここまで車で上がってこれるようです。お年寄りなど、足が悪い方は助かりますよね。
上の写真では鐘楼も見えていますが、鐘楼の奥にある割とキレイな建物はトイレだと思います。
※観音正寺境内
境内は、一言で言ってそんなに広くありません。まず、山門がないですね。もしかすると石段の下の方にあったのかもしれない、とこの時は思いましたが、観音正寺のホームページによると山門はないようです。
日本遺産の幟が翻っている奥の茶色い建物が受付です。こちらで拝観料をお支払いしましょう。奥に見えている建物が本堂ですので、本当に小さな境内です。
受付を過ぎてすぐ右側にある書院の前には、ベンチもあります。
※書院右側入口
書院の正面入口には、絵の描かれた衝立がありました。
※書院正面入口
左側には一願地蔵がありますが、屋根の苔がものすごいことになっています。
※一願地蔵の茅葺き屋根
境内の右側にあった説明板によると、現在進行形で伽藍の整備をやっておられるようでした。このお寺はホームページを工夫して「人魚伝説の寺」や「天空の寺院」というキャッチコピーをつけておられますし、これからに期待したいお寺ですね。
※伽藍整備の説明板
また、この山自体がハイキングコースにもなっており、他にも見所があるようです。
※案内標識
残念ながら私はこの後、岐阜県の華厳寺まで行かないといけませんので、ここは急がせてもらいます。本堂に向かいましょう。
本堂の前もちょうど整地中で、まだまだ進化していきそうです。
※本堂右手の石積み
それにしても、本堂の右側にあるこの石積みは何でしょうか。人工的なものなのか、自然のものなのか、資料がないためそれすら分かりませんが、すごい迫力です。仮に人工的なものだったとしても、今では十分に神異を感じることができます。
本堂は、この横にある石積みの方から上がるようになっています。
※本堂横の結縁地蔵
石積みのところには、所々に観音さまが立っていらっしゃったり、小さな祠があったりします。この写真は本堂横の結縁地蔵の写真です。
靴を脱いで本堂に上がらせていただきます。
※本堂正面
本堂の外側から写真を撮らせていただきました。奥の内陣には、総白檀の千手千眼観世音菩薩さまがいらっしゃいます。
中に入り、納経させていただきました。他にも数人の方がいらっしゃいますが、どちらかと言うとハイキングメインの方が多いような印象でした。
納経をさせていただいてから、改めて観音さまのご尊顔を拝します。いやあ、素晴らしいですね。慈悲の道*3*4を読んで、この観音像の制作にとてつもない努力があったこと、火事で本堂が燃えてしまったことにご住職がものすごい自責の念を持っておられたことなど、そういった背景を知っていると、感動もひとしおです。皆さんも、ぜひご一読いただいてから参拝していただきたいと思います。
納経所は本堂内の左側にあります。若いお坊さまがご宝印を書いてくださいました。あわせて、疫病退散の角大師のお姿を下さいました。コロナ禍では本当に、いつコロナにかかってもおかしくないですから、大変ありがたいです。こういったちょっとした気配りもうれしいですね。
本堂の裏には新しく建てられた納骨堂があり、そちらもお参りさせていただきました。
※納骨堂側から見た風景
この納骨堂側から見た景色が、素晴らしかったです。おそらく西南方向だと思うのですが、美しい眺望です。ハイキングの方々は、こういう景色を求めておられるのでしょう。
観音正寺はこれからまだまだ伽藍の整備を進めていくようですので、またちょくちょく来てみたいと思います。とりあえず来年には観音堂が完成するようですから、完成の暁には参拝させていただきたいと思います。
というわけで皆さんも! Let's start the Pilgrimage West!
南坊の巡礼記「長命寺」(2021.5.3) ◁ 南坊の巡礼記「観音正寺」(2021.5.4)
南坊の巡礼記「観音正寺」(2021.5.4) ▷ 南坊の巡礼記「華厳寺」(2021.5.4)
最終更新:2021.7.7
*1:所収 塙保己一編『群書類従 第24輯 釈家部』八木書店(2013)
*2:前田孝道『御詠歌とともに歩む 西国巡礼のすすめ』朱鷺書房(1997)
*3:慈悲の道パートⅡ「慈悲の真髄」2021.7.4閲覧
*4:慈悲の道パートⅤ「観音像再建」2021.7.4閲覧