西国お遍路“行雲流水”

西国三十三所や四国八十八ヶ所を雲のごとく水のごとく巡礼した記録

西国三十三所 観音さまってどんな仏さま?

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施福寺 方違大観音像

西国三十三所はすべて観音さまの霊場です。ところで、よくよく注意してみると、日本国内のあちこちに〇〇観音霊場があることにお気づきになるのではないでしょうか。有名なものでは西国三十三所とあわせて百観音霊場とも言われる、坂東三十三観音秩父三十四ヶ所観音霊場をはじめ、津軽三十三ヶ所観音霊場といった極めて限定的な地域のみで信仰される観音霊場もあります(秩父も限定的ですが……)

そんなに信仰されている観音さまとは、どのような仏さまなのでしょうか? そして、どのようなご利益があるのでしょうか? また、なにゆえに私たち日本人をそこまで惹きつけるのでしょうか? ここでは、観音さまについて考えてみましょう!

西国三十三所 観音さまとは

それでは、観音さまについて説明していきましょう!

そもそも観音さまとは!

観音さまとは、どのような仏さまなのでしょうか。ここで、和辻哲郎先生の『古寺巡礼』*1の一節を引用させていただきます。

観世音菩薩は衆生をその困難から救う絶大の慈悲とを持っている。彼に救われるためには、ただ彼をずればいい。彼は境に応じて、時には仏身を現じ、時には梵天の身を現ずる。また時には人身をも現じ、時には獣身をさえも現ずる。そうして衆生を度脱し、衆生に無畏を施す。——かくのごとき菩薩はいかなる形貌を供えていなくてはならないか。まず第一にそれは人間離れのした、超人的な威厳を持っていなくてはならぬ。と同時に、最も人間らしい優しさ美しさを持っていなくてはならぬ。それは根本においては人ではない。しかし人体をかりて現れることによって、人体を神的な清浄と美とに高めるのである。

つまり、観音さまとは、私たち衆生を救ってくださる大いなる慈悲を持った仏さまなのです。ただ「南無観世音菩薩」と念ずるだけで、観音さまは私たちを救ってくださいます。変身については後述しますが、様々なお姿に形を変えて、私たちを救ってくださる、というわけです。美術に造詣が深い和辻先生は、その観音さまの形貌について、人間離れした威厳と人間らしい優しさの両方が必要だ、と説いておられます。

ちなみに日本人は観音さまというと女性をイメージしがちですが、仏さまには本来性別はありません。それゆえ、男性でもなければ女性でもなく、男性でもあれば女性でもある、ということができます。

観音さまのお名前!

観音さまと呼んでいますが、正しい呼び方を皆さんはご存知ですか?

観音さまは、観音菩薩かんのんぼさつ観世音菩薩かんぜおんぼさつ観自在菩薩かんじざいぼさつなどと呼ばれています。観音菩薩という呼び方は観世音菩薩の略称と考えられています。同じ仏さまなのに、観世音菩薩観自在菩薩、どうして複数の呼び方があるのでしょうか。それは、漢語に翻訳した時の解釈の違いです。サンスクリット語の Avalokiteśvara 漢語に翻訳した際、4世紀ごろに活躍した鳩摩羅什くまらじゅう観世音菩薩と訳し、7世紀の玄奘げんじょう(いわゆる三蔵法師)は観自在菩薩と翻訳しました。日本人がよく知っている『仏説摩訶般若波羅蜜多心経』の冒頭に「観自在菩薩」と出てきますが、実は般若心経玄奘が翻訳したものなんですね!

両者の意味としては、第十六番札所清水寺貫主森清範師が西国巡礼慈悲の道パートⅠ*2で次のように述べられています。

「観自在菩薩」「観」とは観音さまの智慧をいい、世間の響きを「音」といいます。私たちの願いを自在に聴き入れお救い下さる仏さま、それが観音さまです。

つまり、私たちの様子をつねに見守っていてくださり、そのお力で自在にお救いくださる仏さま、それが観音さまということですね。

西国三十三所札所会では!

西国三十三所札所会では、このような観音さまのことをどのように考えているのでしょうか。

三十三のお姿に変身!

西国三十三所は観音霊場であり、すべてのお寺で観音さまが祀られています。そして、この三十三という数字には実は意味があるのです。西国三十三所札所会のホームページ*3には、次のように書かれています。

 「法華経」普門品第二十五(観音経)には、観音菩薩は三十三の姿に変身し、人々を救うと書かれています。いかなる困難に出会っても、常に観音菩薩は慈悲の心で見守っておられます。

つまり、三十三所の三十三という数字は、『法華経』「普門品第二十五」(別名観音経)に現れる観音さまの変身したお姿の数に由来しているのです。例えばどのようなお姿で現れるかというと、第二番札所金剛宝寺護国院(紀三井寺)貫主前田孝道師は西国巡礼慈悲の道パートⅥ*4で、次のように説いておられます。

の姿で導くべき人にはの姿で、お坊様の姿で導くべき人にはお坊様の姿で、子どもの姿で導くべき人には子どもの姿で導くのです。

 また、同じく第三番札所粉河寺貫主逸木盛修師も西国巡礼慈悲の道パートⅡ*5で、次のように説いておられます。

の姿で救うことがよい人には仏身で、辟支仏へきしぶつの姿で救うことがよい人には辟支仏身で、聲聞しょうもんの姿で救うことがよい人には聲聞身で……というように、相手に応じて変身し、恐ろしいことに出会っても、危険な目にあっても救ってくださると説かれています 。

 ちなみに辟支仏とは、自力で悟りを開くことができる仏さまのこと、聲聞とは、仏さまの教えを聞いて悟りを開くことができる人のことを指します。

そして、実は三十三という数字にこだわる必要はなく、ありとあらゆる無数の手だてでお救いくださるということです、とお二人とも説いておられます。

七観音(六観音)のお姿がある!

西国三十三所の観音霊場で祀られている観音さまのお姿は、7種類あります。実は七観音という呼び方は正しくは存在せず、天台宗系の六観音真言宗系の六観音で差異が生じていることから、便宜上、あわせて七観音としているだけなのです。ちなみにという数字は、いわゆる六道輪廻、つまり人間が死んでから生まれ変わる六つの世界に対応しています。

なお、以下の説明は、第四番札所施福寺住職津守佐理師の西国巡礼慈悲の道パートⅥ*6およびパートⅣ*7上醍醐・准胝堂座主仲田順和師の西国巡礼慈悲の道パートⅦ*8に依拠しています。

 聖観音(正観音)しょうかんのん

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※写真は施福寺 聖観音像 

頭の上の宝冠に阿弥陀さまの化仏をいただいておられます。これは、如来のつかいとして衆生を救済することを示しています。また、一番基本のお姿であり、かならず左手に蓮華の花蓮の一茎を持っておられます。蓮の花は仏さまの象徴で、泥の中にあのような美しい花を咲かせてくださることから、「妙法蓮華」、つまり蓮の花に仏さまの教えが表れている、ということです。

 如意輪観音にょいりんかんのん

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※写真は観心寺 如意輪観音像

(出典:Wikipedia 

手に車のハンドルや船の舵輪のような輪宝を持っておられます。これは、衆生が迷いの道を離れてよりよい人生へ向かうことができるように、方向づけをしてくださる、ということです。

 十一面観音じゅういちめんかんのん

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※写真は法華寺 木造十一面観音立像

(出典:Wikipedia

十一ものお顔を持っておられます。これは言わば高性能のレーダーやアンテナのようなもので、どんなに遠いところのものでも、あらゆるものを正確にとらえ、適切な判断をして衆生を救ってくださる、ということです。

 不空羂索観音ふくうけんじゃくかんのん(天台宗)

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※写真は広隆寺 木造不空羂索観音立像

(出典:Wikipedia

羂索というロープのようなものを持っておられます。また、不空というのは、現実が決して空しいものではない、ということを説いておられ、羂索によってあらゆる良縁を結びつけ、それを支えとできるように衆生に生きる喜びと勇気をお与えになる、ということです。

 馬頭観音ばとうかんのん

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※写真は施福寺 馬頭観音像

頭の上に馬頭をのせておられ、観音さまとしては珍しい憤怒の表情をしておられます。これは、悪いもの(コロナウィルスもそうですね)を追い払うためであり、馬の持っている大いなる生命力を与えてくださる、ということです。

 千手観音せんじゅかんのん

 

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※写真は葛井寺 乾漆千手観音坐像

(出典:Wikipedia)

千の手を持っておられます。これは、千の手をもってあらゆる方法手段によって、衆生の供養や願いがかなうように救いの手を差し伸べてくださる、ということです。

 准胝観音じゅんていかんのん(真言宗) 

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※写真は平安時代の仏像図集『図像抄』(十巻抄)より

(出典:Wikipedia
母性を象徴する観音さまです。これは、衆生が観音さまのお徳で結縁し新しいを授かり喜びとする一方、そのを失うという深い悲しみにおいても観音さまに救われる、ということです。

西国三十三所札所会・先達委員会が発行する『西国三十三所勤行次第』でも、七観音のことが説明されています。そちらもご参照ください。ちなみに、『西国三十三所勤行次第』、いやサイトである総持寺オンラインショップでもご購入いただけます。

こんなにご縁がある! 観音さま

これほど馴染みが深い観音さまだけに、他にも様々な作品に登場したり、また、思わぬ形でご縁が結ばれていたりします。ここでは、そういった観音さまをご紹介しましょう。

『西遊記』

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(出典:Wikipedia

『三国志演義』『水滸伝』と並び中国四大奇書の一つに数えられる『西遊記』では、全編にわたり観音さまが活躍されます。玄奘(三蔵法師)が西方への旅を始めることになったのは、観音さまが東土の平安のために志のある僧を探しに来られたことがきっかけです。観音さまのお告げを得た太宗皇帝に見いだされた玄奘は、西方の天竺への取経の旅を始めます。なお、玄奘のお供をする孫悟空猪悟能(日本では猪八戒の名が有名)、沙悟浄も、観音さまのお慈悲によりそれまでの罪を許され、玄奘の弟子になるのです。その後も、観音さまはたびたび危機に見舞われる玄奘一行を、陰に日向にお救いになります。観音さまのご活躍なくして、取経の旅は成功しなかったと言えます。ちなみに、玄奘が旅の途中で烏巣禅師から授かった経典が、「観自在菩薩」の文言で始まる般若心経です。

キヤノン株式会社(Canon Inc.)

私はCanonのプリンターを2台持っています。一つは自宅用、もう一つは何かあったときに持ち運ぶ用です。実はこのCanonの社名は、観音さまに由来しているのです。

Canonの前身である精機光学研究所は、もともとカメラの会社でした。最初の試作機に名前をつけることになったとき、観音さまの慈悲にあやかり、世界で最高のカメラを創る夢を実現したい、という願いをこめて「KWANON(カンノン)」と名づけたそうです。実際に、当時のマークには千手観音が描かれていたそうです。その後、世界で通用するブランド名として、英語で「聖典」「規範」「標準」という意味もあり、「KWANON」とも近い言葉であった“Canon”を商標としたということです。

最後に

いかがでしたか? 観音さまのことがより身近に、そしてよりありがたい存在としてお分かりいただけたのではないでしょうか。西国巡礼慈悲の道では、よく「念彼観音力」という言葉が紹介されています。私たちも、観音さまのお力にあやかりながら、巡礼の旅をつづけていきたいですね。

というわけで皆さん! Let’s start the Pilgrimage West!

 

最終更新:2021.5.27