
2025年11月2日、西大寺につづいて秋篠寺に行ってきました!
大学時代、文学部で同じクラスだった同窓生たちの集いです。クラスメイトに何と仏教美術を研究している大学教授がおりまして、彼女の案内で奈良のお寺を回るというぜいたくな旅です。
今回は2か寺め、秋篠寺となります。
秋篠寺の巡礼情報
秋篠寺は奈良時代最後の官寺とされ、奈良市の北西部に位置しています。
秋篠寺の縁起
秋篠寺の縁起は、奈良市観光協会のホームページに記載されています。
narashikanko.or.jp(2026.3.15閲覧)
また、秋篠寺で配布されている『秋篠寺小誌・尊像略記』にも記載されています。
それらによると、奈良時代末期宝亀7(776)年、光仁天皇の勅願により平城京西北の外れ、秋篠の里に薬師如来をご本尊としたお寺の造営が開始されたそうです。開山は善珠僧正と伝えられています。寺院造営は次代の桓武天皇に受け継がれ、平安遷都とほぼ同じくして完成を見たとされます。承和年間(834~848年)に常暁律師により大元帥御修法が伝来されて以後、大元帥明影現の霊地として歴世保護を受け、真言密教道場として隆盛を極めました。平安時代末期の保延元(1135)年、兵火によって講堂等数棟を残して焼失し、繁栄の面影は礎石等に見られるのみとなりました。
なお、宗派は当初、法相宗でしたが、平安時代以後真言宗に転じ、明治時代の初年に浄土宗に所属するようになりました。しかし、戦後になって単立の宗教法人として独立し、今に至っています。
秋篠寺の見所
秋篠寺の見所をご紹介します。
南門

※秋篠寺南門
秋篠寺の山門です。東側には、東門があります。
會津八一歌碑

※會津八一歌碑
會津八一は歌作や墨術で活躍し、奈良や大和の古寺・古仏や風物を題材とした短歌は広く世に知られています*1。「あきしのの みてらをいでて かへりみる いこまがたけに ひはおちむとす」と書いてあります。秋篠寺を出て奈良市中心部へ戻ろうとしていた際、振り返ってみると、生駒山に日が沈もうとしていた、ということでしょう。
本堂

※本堂
秋篠寺の本堂ですが、もとは講堂だったようです。建立年代は明らかではありませんが、鎌倉時代前期と考えられています。桁行五間、梁間四間で、三間の内陣の周囲に一間通りの外陣をめぐらした平面で、壇正積の基壇上に建っています。正面は中央三間を板扉内開き、両脇の間を連子窓とし、側面は前二間を板扉、後二間を土壁にしています。組物は三斗組で、屋根は勾配の緩い寄棟造となっています。内部は一面の土間床で、内陣正面に三間一杯の仏壇を構えています。天井は内陣がすべて組入天井、外陣は化粧屋根裏となっています。本堂は奈良時代以来の伝統を保ちながら、細部に鎌倉時代の様式を示した建築で、各部の比例もよく、この時代の代表的仏堂建築のひとつと言えます。国宝に指定されています。
秋篠寺へのアクセス
奈良県観光公式サイト「なら旅ネット」に詳しいアクセス情報が掲載されています。
yamatoji.nara-kankou.or.jp(2026.3.15閲覧)
公共交通機関
近鉄「大和西大寺駅」から奈良交通バス「押熊」行に乗車、「秋篠寺」バス停で下車すぐ(「大和西大寺駅」から約10分)。
お車
第二阪奈道路「宝来IC」から奈良競輪場方面へ約25分走行し、奈良競輪場前から北西へ約2分。
駐車場あり。12台。無料。
秋篠寺データ
ご本尊 :薬師如来
宗派 :単立
霊場 :なし
所在地 :〒631-0811 奈良市秋篠町757
電話番号:0742-45-4600
拝観時間:9:30~16:30
拝観料 :500円(伽藍中心部)
南坊の巡礼記「秋篠寺」(2025.11.2)
大学時代の同級生たち、8名連れで奈良の古寺巡礼です。前回のレポートでは、午前中に回った西大寺のことを書きました。今回は、秋篠寺となります。
サンワシティ西大寺の地下で昼食をとった後、13時45分ごろになっていたのでしょうか。地上に出て、歩き始めました。先導は、例の仏教美術の教授女史です。
いろいろと話をしながら歩いていきます。奈良市内でも少し外れてくると、静かないい雰囲気になりますね。人に案内されて歩くのは慣れてませんが、案内役の方がしっかりしているので、安心して歩けました。
14時40分ごろ、秋篠寺の山門前に到着しました。秋篠寺には東門もあるようですので、ここは南門と呼ばれているらしいです。教授女史のお話では、どうも土師器を作っていた渡来系の人々がこの辺に住んでいたのではないか、ということでした。そういう人々のお寺として出発したのかもしれません。
中に入ると、トップの写真のような風景でした。境内の中も森のようです。何というか本当に、侘びたお寺ですね。往時は繁栄していたのでしょうが、逆に現代の私たちからすればこの侘び具合がいい感じです。苔がスゴイです。
参道がどうも昔と違って真っ直ぐになっていないようで、微妙に東にずれていきます。途中、金堂の跡があり、その左側に受付がありました。ここで拝観料500円を支払い、伽藍の中心部へ入っていきました。
左手に開山堂や大元堂などがありましが、右手に本堂が建っています。これも侘びていていい佇まいですね。国宝だそうです。
中に入ると、土間になっていました。興福寺の中金堂や東金堂なども土間造りになっていますが、この辺は奈良の古寺という感じがします。中には多くの仏像が祀られていました。国の重要文化財に指定されているものも多く、ご本尊の薬師如来像、脇侍の日光菩薩・月光菩薩像、地蔵菩薩像や帝釈天像などです。中でも、このお寺を有名にしているのが伎芸天像ですね。

※伝伎芸天立像(出典:Wikipedia)
「東洋のミューズ」と呼ばれる*2ようですが、ミューズとは芸能の神ですから、伎芸天にはふさわしい名前ですよね。
1時間くらいは滞在していたでしょうか。さすがにみんな疲れてきて(全員50オーバー)、日も暮れてきたので「大和西大寺駅」方面へ戻ることになりました。
歩いて戻りますが、やはり行きに気づかなかったことに気づくことがあります。そうしたところから、私の歩き旅の話もさせていただきました。四国遍路、熊野古道など……。
この会合がいつまでつづくか分かりませんが、私も「巡礼ヤー」として旅をつづけ、また同級生のみんなに報告していきたいものです。
最後は、「大和西大寺駅」前でみんなでお茶をして、18時ごろに解散となりました。晩秋の奈良で、良い一日を過ごすことができました。
*1:伊達市教育委員会「生涯学習課『霊山文学講座「會津八一の秀歌鑑賞」〜古都奈良を詠う〜』」2026.3.15閲覧
*2:奈良県観光公式サイト「なら旅ネット『秋篠寺』」2026.3.15閲覧