
2025年夏の熊野古道巡礼レポート第2弾、「街道を行くぞ!」シリーズの第9弾となります。前回のレポート「街道を行くぞ!第8弾 熊野古道 力侍神社~JR「布施屋駅」」では、力侍神社(実質的にはJR「紀伊駅」)からJR「布施屋駅」までの旅をレポートしました。今回はそのつづきで、JR「布施屋駅」からJR「海南駅」までの道中の前半、奈久智王子跡までのレポートです。
では、この夏の熊野古道巡礼レポート、2日目(2025年8月12日)の前半の様子をどうぞ!
熊野古道 JR「布施屋駅」から奈久智王子跡まで
熊野古道に関しては、和歌山県公式観光サイトのホームページ「街道マップ」から、各歴史街道のマップがダウンロードできます。
www.wakayama-kanko.or.jp(2025.9.6閲覧)
これは送っていただくこともできます。今回、私は『熊野古道 紀伊路 押印帳』とともに送っていただきました。
また私はさらに、山と渓谷社から出ている『世界遺産の参詣道をめぐる旅 特選10コース&完全踏破 熊野古道を歩く旅』(※以下、『熊野古道を歩く旅』)を参考にさせていただきました。
www.yamakei.co.jp(2025.9.6閲覧)
現在、絶版となっているようですが、古本を購入することはできそうです。
前日、JR「和歌山駅」からほど近いホテルルートインGrand和歌山駅東口に宿泊していました。
5時に起床し、前日に購入していた朝食を食べます。ホテルの朝食は6時半からですから、お腹のことを考えると、もっと早い時間に食べて、トイレに行っておく必要があります。それゆえ、こういう時はいつもコンビニで買った朝食で済ませています。おにぎり3つ、サラダ、ヤクルトR1とヨーグルトを食べました。歩くので、しっかりと食べておきます。
しかし、前日はなぜかあまり眠れず、体調はイマイチです。引越しをしてから環境の変化に身体がついていっていないのか、なかなか寝付けず、眠れていないのですよね。暑い中の巡礼ですので、ちょっと心配です。
連泊なので荷物の整理はそれほど気合を入れなくても大丈夫ですが、一応すべて大きなカバンにしまっておく必要はあります。ちょっと時間がかかりました。
7時25分、ホテル出発です。7時44分発の電車に乗ろうと思っていたので、ちょっと遅くなったようにも思います。急いで歩いていきました。
前日訪れたJR「布施屋駅」近辺にはコンビニはありませんでした。それゆえ、この近くで水やスポーツドリンクなど、必要なものを買っておかなければいけません。急いでセブンイレブンJR和歌山駅東口店で買い物を済ませました。
それでも、ホテルから駅までもそんなに距離があるわけでもなく、コンビニも途中にあります。7時35分ごろにはJR「和歌山駅」東口に到着しました。
東口は改札が3レーンくらいしかない、ちょっと駅の規模からすると小さな改札口です。切符を売る機械も確か2つだけだったでしょうか。今回は念のため切符を購入しておきました。一応、JR和歌山線もICOCAなどのIC券に対応しているはずですが。
和歌山線は7番のりばでした。すでに来ていた電車に乗り込みます。座れたと思います。
電車は予定どおり7時44分に「和歌山駅」を出発し、7時55分に「布施屋駅」に到着しました。それなりに降りる人がいました。
ちょっと驚いたのが、なぜかこの駅でしばらく停車している、ということですね。到着してから数分間、ダイヤによれば3分間停まっているようです。それだからか、電車が着いてからも乗ろうとしている人が全然慌てていないんですよね。私が駅から出るころにも、駅に着いた人が悠々と歩いておられました。
さあ、いよいよ出発ですね。タオルを冷水で濡らしたり、準備を整えて出発です。
JR「布施屋駅」から和佐王子跡まで
JR「布施屋駅」を8時ごろに出発して、和佐王子跡には8時49分に到着しました。Googleマップより9分ほど多く時間がかかっています。あまりに暑かったため、足取りが重かったのでしょうか。意外に遅いですね。
JR「布施屋駅」から前日に通った道を少しだけ戻ります。目印は、布施屋自治会館です。実はきちんと道標もありました。前日には気づいていなかったように思います。

※布施屋自治会館 横に道標がある
下の方を写していないのは、ゴミが集められていてお見苦しいからです。お盆前でもあり、大量のゴミが集まっていました。
この辻を道標のとおりに右に曲がります。40メートルほどで、今度は左折ポイントです。
※左折ポイント
大きめの案内板が出ているので、分かりやすいです。この家の方に感謝ですね。
曲がった先は、いかにも古道らしい風情がありました。

※古道らしい風情のある道
この道を170メートルほど進むと、川端王子に到着しました。ここで8時6分でした。

※川端王子
これも変な写真の撮り方になっていますが、やはりゴミがいっぱい置いてあるためです。朝、ゴミの回収前に歩いているとこんなことがあるんですね。どうもこれまでの歩き旅では、あんまりゴミのことで悩まされた記憶はなかったのですが……。

※川端王子説明板
川端王子は第29王子です。九十九王子の29番目まで来ました。なお、『熊野古道 紀伊路 押印帳』の3番目のスタンプがここになっていますので、スタンプも押しました。
ここからは道をそのまま真っ直ぐ進んでいきます。川端王子の横にはこんな案内板がありました。

※川端王子横の案内板
和佐王子までは2kmですから、30分くらいですかね。
川端王子から300メートルほど進むと、道が分岐していました。右が熊野古道のようです。いわゆる道なりではない方ですね。

※右への分岐点
カーブミラーに案内板がついています。右へ入っていきましょう。
この先の道は結構細くなっています。

※熊野古道の提灯が道標の代わりになっている
先程の分岐点から290メートルほど進むと、また分岐点がありました。今度は左です。ただし、右に行っても左の道にすぐに合流するようです。

※左への分岐点
この後は農道のような道を進みます。

※農道のような道
左への分岐点から130メートルほど進むと、T字路に到着しました。

※T字路
右が「小栗橋へ」、左が「和佐王子社へ」となっています。小栗橋が何なのかは分かりませんが、熊野古道の案内もあることと、70メートルという近さから行ってみることにしました。
50メートルほど進むと、すぐに踏切です。その名も小栗踏切というようです。

※小栗踏切
踏切を渡ってすぐ、右側の畑のところに説明板がありました。ここで8時17分でした。

※小栗橋説明板
小栗というのは、小栗判官のことだったのですね。熊野街道のことを小栗街道と呼ぶ地域もあります。それだけ、昔は小栗判官と照手姫の話が人口に膾炙していたのでしょう。それにしても、この地が川端王子社の推定地だったというのは収穫でした。

※小栗橋?
ちなみに現在はこんな橋しかかかっていません。風情のかけらもないですね。
さあ、戻って先へ進みましょう。
T字路の先、左の方に進んだところには、導き石もありました。

※導き石
T字路からは県道9号線岩出海南線の方に歩いていきます。左側には、赤十字血液センターがありました。

※赤十字血液センター
T字路から260メートルほど歩き、県道9号線にぶち当たりました。8時23分になっています。

※県道9号線
残念ながらここには横断歩道はありません。東へ110メートルほど行ったところに信号がありますから、そちらを渡る方が無難です。そこまで行くとセブンイレブンもあるので、休憩にもなりますからね。
地方は車社会になっており、和歌山県も例外ではありません。和歌山市内とはいえ、郊外ですから、車はビュンビュン飛ばしています。気をつけてください。
県道を渡り、反対側の道に入ると、導き石がありました。

※導き石
ここから先が少しややこしくなります。マップを見ていても、何回も曲がっていくことが分かります。
まず、渡ってから50メートルほど進んだところのT字路は右折です。

※T字路 ここは右へ
ややこしいため、案内板も充実しています。

※案内板がある

※案内板 かなり風雨にさらされた跡がある
頑張って案内板を設置してくださっているのに、文句を言うつもりはないですが……。
北を上にした案内板ではちょっと分かりにくいですよね。どっちが北なのかは、コンパスでも持っていないかぎり分かりませんし。目的地が上になるように地図を作るべきでしょう。

※右に入ると導き石がある
3つ上の写真の右に入っていくと導き石があります。こちらが熊野古道ですね。T字路から60メートルほどです。
そしてまた今度はすぐに左折になります。

※左折ポイント
右に入ってまた60メートルほどで左折ですね。

※曲がる前後に導き石がある

※案内板もある
導き石だけではなく、案内板もありました。
曲がった先はこんな感じです。

※曲がった先の熊野古道
ここから100メートル弱進むと、宮井川へとぶち当たります。

※宮井川
右を向くと、導き石がありました。

※右手に導き石がある
ここからは宮井川に沿って歩いていきます。ここも昔は重要な水運を担っていたのでしょう。川沿いに立派な家も結構ありました。

※宮井川沿いの熊野古道
宮井川沿いを110メートルほど進むと、井ノ口観音堂稲荷社に出ました。ここで8時32分です。

※井ノ口観音堂稲荷社
ここで橋を渡り、反対側の道を進んでいきます。説明板もあります。
さらに40メートルほど進み、ちょっと広めの道を横断しました。

※横断前

※横断後
道路を横断してから170メートルほど進むと、和歌山市立和佐小学校がありました。

※和佐小学校
年季の入った熊野古道の看板がノスタルジーな気分にさせてくれます。今の子どもたちは熊野古道のことをどれだけ知っているのでしょうか。この辺が四国遍路とは決定的に違うところですね。
まあ、歩いている人の数が違うということもありますが……。四国遍路は確実に継承していこうという意志が働いており、中学生でも見知らぬ私に挨拶をしてくれました。もちろん、お年寄りやお店でも声をかけてくれる方は多数いらっしゃいました。
しかし、残念ながら現在の熊野古道は世界遺産になった当初の盛り上がりはまったくなくなってしまっています。だからこそ逆に、このブログで啓蒙していく意味はありますよね!
和佐小学校から220メートルほど南に進んでいきます。すると左側に、熊野古道の案内板がありました。この辺は祢宜地区というようです。ここで8時39分でした。

※祢宜地区の案内板
さらに120メートルほど南下すると、旧中筋家住宅に到着しました。

※旧中筋家住宅
閉まっていて、中に入れませんでした。
旧中筋家住宅は建物のかなりの部分が国の重要文化財に指定されています。和歌山市のホームページ*1によると、開館は午前9時からで、土・日・祝日しか開いていないということなので、この日は入れなかったわけですね。
街道マップではトイレマークもついていますが、必ずしも当てにはできないということです。
さあ、先へと進みます。ここから先も街道らしい雰囲気が漂っています。

※旧中筋家住宅より南の熊野古道
旧中筋家住宅から450メートルほど進むと、県道138号和歌山野上線に出ます。ここもまあまあ交通量が多いので、要注意です。

※県道138号線
熊野古道はここを横断して直進ですが、和佐王子跡はここから左折して少し車道を登っていきます。

※和佐王子跡 看板の裏にある
車道を30メートルほど登ったところが、和佐王子跡です。少し公園のように整備されています。8時49分に到着しました。

※和佐王子跡の公園

※和佐王子跡
東屋もありますし、ちょっと休憩できますね。こういうところがあちこちに整備されていれば、熊野古道も歩きやすいです。
なお、さらに少し登ると弓の名人 和佐大八郎の墓があるようですが、今回の趣旨とは外れるので、行かないことにしました。
和佐王子跡から平緒王子跡まで
和佐王子跡を8時50分ごろに出発して、平緒王子跡には9時35分ごろに到着しました。ここもGoogleマップより時間がかかっています。
和佐王子跡から少し下に戻ります。車の場合、このまま海南方面に進んでいくのですが、今回は熊野古道歩き旅です。

※和佐王子から熊野古道まで戻った地点
写真には写っていませんが、横断歩道もあります。道路を横断し、熊野古道を進みます。上の写真にも、熊野古道の案内板があります。

※祢宜自治会館
熊野古道の詳しい案内板もありますが、チェーンで入れなくなっています。熊野古道が世界遺産になったころには開放されていたのでしょうか。トイレも使えたのかもしれませんね。
ここから300メートルほど熊野古道を進んでいきます。田舎ののんびりした感じですね。

※熊野古道の様子
祢宜自治会館から300メートルほど進むと、さらに細い道へと入っていくことになりました。ここで8時58分でした。

※矢田峠へと向かう道
鬱蒼とした雰囲気ですが、1分ほどで県道9号岩出海南線に合流しました。

※県道9号線に合流
何と、熊野古道は左側の急斜面を登っていかないといけないようです。

※矢田峠登り口
ここはなまじ舗装されている分、余計に登りにくくなっています。角度が急なうえに、前日の雨で路面が濡れています。必死で登りました。
ただ、登り口は急峻すぎますが、後はきちんと整備されていて、歩きやすいです。ここで9時2分でした。

※矢田峠への登山道
右を見ると、すでにこんなに登ってきていました。下に見えるのが県道9号線です。

※矢田峠への道から見える景色
約2分後に、切り通しの矢田峠に到着しました。ここからは下りでしょう。

※矢田峠の切り通し
教科書に出てきそうな切り通しですね。
ここから3分ほど下っていくと、分かれ道に出ます。熊野古道は右のようです。

※分かれ道
導き石もうまっています。

※熊野古道の導き石
この道は涼しく、下りだったこともあって歩きやすかったことを憶えています。
さらに下っていくと、少し開けてきました。ここで9時9分です。

※青い建物は橘電装工業株式会社
さらに進み、少し広い道に合流します。9時14分になっていました。

※ここにも導き石がある
ちなみに、上の写真のポイントから左後ろを仰ぎ見れば、熊野古道の役行者の祠があります。私は気づかなかったようです。
ここから約100メートルほど進むと、県道9号線に合流できるのですが、合流ポイントの手前に右に細い道があり、そちらが熊野古道となっています。Googleマップにも表示されない道です。

※右に分岐 導き石がある
この細い道を100メートルほど進むと、少し広い道に合流し、程なく県道9号線に合流できます。

※県道9号線が見える
ここで9時17分でした。
ここからしばらくは、県道9号線を歩いていくことになります。車が結構ビュンビュン飛ばしていくので、なかなか危険な道です。

※導き石もある
400メートルほど、県道9号線を歩くと、また右に道が現れました。9時23分です。

※右への分岐点
右に進むと、少しアップダウンがあります。

※奥は登りになっている
この分岐点では、右の細い道の方へ行くようです。9時29分でした。

※熊野古道の分岐点
ちゃんと導き石もあります。

※細い道の様子
9時31分、再び県道9号線にぶち当たります。

※再び県道9号線に合流
しかし、ここは一瞬です。すぐにまた分かれていきます。

※再び右の細い道へ
ここにも導き石がありました。
この道を直進していくと、ところどころで熊野古道の提灯を掲げてくれている家がありました。

※熊野古道の提灯のある家その1

※熊野古道の提灯のある家その2
県道9号線から分かれて240メートルほどで、ようやく平緒王子跡が見えてきました。青い説明板のようなものがそうですよね。

※平緒王子跡が見える
9時35分、平緒王子跡に到着です。

※平緒王子跡

※平緒王子跡説明板
説明板も新調しているのか、キレイですね。私のこの旅(2025年)の前年が「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されてからちょうど20年でしたので、新しくしたのでしょう。ちなみに後ろの建物は平尾自治会館らしいです。
平緒王子跡から奈久智王子跡まで
平緒王子跡を9時36分ごろに出発して、奈久智王子跡には10時42分に到着しました。Googleマップだと38分で到着することになっていますが、実際には1時間以上かかっています。伊太祁曽神社いたきそじんじゃがかなり立派な神社だったので、時間がかかっていると思います。
ここでは休憩もせず、すぐに出発しました。案内板もあるので、それに従って先を急ぎます。

※熊野古道の案内板
もともと通ってきた道を直進する感じですね。
240メートルほど進むと、小さな橋がありました。

※小さな橋
なお、「和歌山県街道マップ」では、ここが小栗橋であるかのように書かれていますが、実際には写真の右上に見えている県道13号線を通る橋が小栗橋です。小栗街道近くにあることから、このように呼ばれていたのでしょう。ここで9時40分でした。
県道13号線を横断します。

※県道13号線
街道は、渡って右の方です。渡ったところに道標がありました。

※道標が立っている 街道は斜め左上
渡って120メートルほどでわかやま電鉄貴志川線にぶち当たりました。9時48分です。

※わかやま電鉄貴志川線の踏切
どうやら吉礼6号踏切のようです。
踏切を渡ったら、まっすぐ270メートルほど進みます。右が道なり、左に細い道の分岐に出ますが、右の道なりの方に進みましょう。

※右に入ってから振り返って撮影
見えているのは藪脇運送株式会社の看板です。要するに、この看板を左手に臨みながら右の方へと進んでいく、ということですね。ここには曲がる前、後に導き石があります。
右に道なりに進んでから25メートルほどでやや広い道に合流します。そこを左折して、さらに25メートルほど進むと、県道9号岩出海南線に合流です。

※県道9号線が奥を左右に走っている
ここは車通りが多くて、写真を撮るのに苦労しました。右手に六地蔵があります。

※六地蔵
ここで9時54分でした。
六地蔵の前を走るのが県道9号線です。右の倉庫の絵も気になりますね。ピッコロ?
ここからは県道9号線を東に進み、伊太祁曽神社を目指します。熊野古道を少し外れますが、おそらく往時の巡礼者も伊太祁曽神社には寄っていたでしょう。休憩などもしていたのではないでしょうか。
4分ほど東に進むと、常夜燈もありました。

※常夜燈
道がせまいので、車に気をつけながら通りました。車の対抗もできないぐらいです。
10時1分、伊太祁曽神社の大鳥居前に到着です。

※大鳥居
常盤橋の上から撮影しました。

※南から撮った常盤橋
和歌山に18年住んでいましたが、実はここまで来たことがありませんでした。思っていたよりも大きな神社ですね。早速中へ入っていきます。
10時4分、二の鳥居に着きました。

※二の鳥居
ここに来るまでの参道も、時々車が通りました。駐車場も大鳥居の中にありますし、園丁らしき方の車も通っていきました。

※割拝殿
参拝を済ませてから、『熊野古道 紀伊路 押印帳』のスタンプを探しました。4つ目のスタンプですね。すぐには見つからず、窓口の巫女さんにお尋ねしました。確か、本殿の方にあったと思います。きちんと探せばすぐに見つかる感じだったような……。
トイレもお借りし、少し休憩しました。飲み物も補充したと思います。
10時22分、大鳥居前まで戻ってきました。道標もありました。

※大鳥居前の道標
さあ、六地蔵までは来た道を戻っていくことになります。
10時28分、六地蔵に戻ってきました。

※六地蔵のある交差点
六地蔵から県道9号線を南下していきます。100メートルほどで、右側に自治会館が出てきました。

※自治会館
さらに40メートルほど進むと、右側にお地蔵さまらしきものがあります。奥には目立つ黄色い建物もありました。どうやら普通の民家のようです。

※お地蔵さま
この先は普門寺への入口などはありますが、それほどめぼしいものはありませんでした。500メートルほど直進して、右手に須佐神社の鳥居が出てきました。

※須佐神社の鳥居
鳥居は新しくしておられるようです。しかし、階段を昇ってお参りする気にはなりませんね。先を急ぎましょう。
そこから100メートルほど進むと、右側に児童公園のようなものが出てきました。

※児童公園
この公園の端には、熊野古道の案内板と地蔵祠があります。これは、街道マップにも載っています。

※街道マップにも載っている地蔵祠
この地蔵祠から、奈久智王子跡まではもうすぐです。
140メートルほど歩いて、10時41分、奈久智王子跡の説明板のあるところまで来ました。

※奈久智王子跡の説明板
実は街道マップでは、ここから奥に入ることが説明されています。

※真の奈久智王子跡への入口
どうやら、ここを登っていくようです。暗いし、怖いですよね。
1分後、真の奈久智王子跡に到着しました。

※真の奈久智王子跡

※真の奈久智王子跡説明板
この説明板の後ろに、小さな祠がありました。

※真の奈久智王子社?
これでこの日の行程の半分くらいは来たでしょうか。旅はまだまだつづくのですが、長くなっていますので、ここでいったん筆をおきます。奈久智王子跡からJR「海南駅」までの旅は、また次回のレポートに回すといたしましょう。
……後編へつづく。
*1:和歌山市ホームページ「施設『国指定重要文化財 旧中筋家住宅』」2025.9.13閲覧