前日に四国八十八ヶ所を無事に結願しましたが、満願までの旅はまだまだつづきます。しかし翌日は朝1限目から授業があるので、いったん休止して大阪に戻ります。ということでこの日はまったく歩かない、四国八十八ヶ所歩き遍路の旅、40日目のレポートです!
歩き遍路 40日目 満願への0日目 帰宅編
歩き遍路40日目、8月29日(日)のレポートです。まずは、計画表と実行程表をご覧ください。
当初の予定では前日は白鳥温泉に宿泊し、バスで「白鳥神社」まで行き、そこで「引田」行に乗り換えてJRで徳島方面に戻るつもりでした。よく分かっていなかったこともあり、大師納経の製本を1番札所霊山寺でお願いしようと思っていたのです。
ちなみに大師納経の製本は、郵送でのみ受付されておりますので、ご注意ください。1番札所霊山寺では申込用紙がもらえるだけです。
そのような誤解もあり、予定では霊山寺に参拝しようと思っていたのですが、これまでの旅でいろいろ身体的な限界も感じられていました。そこで、この日はもう大阪まで直帰することに変更しました。
いずれ高野山金剛峯寺へとお礼参りに行こうと思っていますが、とりあえず41日連続した今回の旅は終了です。
天然温泉玉藻の湯 ドーミーイン高松中央公園前から「県庁通り」バス停まで
10時10分ごろに天然温泉玉藻の湯 ドーミーイン高松中央公園前を出発して、「県庁通り」バス停には10時20分ごろに到着しました。ゆっくりと、歩いていきました。
この日は遅めの6時に起床です。もう帰るだけで、前日に大阪までの高速バスチケットも購入していました。今はネットでチケットまで購入できるので便利ですね。
高速バスは10時34分にホテル向かいの「県庁通り」バス停を出発する便ですが、幸いホテルのチェックアウトは11時です。10時を過ぎても粘れる、というのはありがたいです。
いつも通りの朝食を食べ、荷物の整理をします。まあ、大きい荷物は前日に送っていたので、リュックサックとベルトポーチ、菅笠と金剛杖だけですが。
しかし、ここで大問題が発覚しました。何と、家のカギを大きい荷物に入れて送ってしまっていたのです!!
ここまでの旅で、歩き遍路には邪魔になることから、基本的に家のカギをリュックと別にしていたのでした。これが大失敗でした。
カギだけだったらかさばらないのですが、私の場合キーホルダーに入れて実家のカギや車のスペアキーなども一緒にしています。かさばってしまうので、歩くときには大きい荷物に入れておくようにしていたのでした。
しかし、この日は大阪に帰ります。その場合、家に帰っても荷物が届くまでは家に入れない、という状況が発生してしまうではありませんか。翌日から出勤しないといけないのに、これは致命的ミスです。
ここで必死に頭をめぐらせました。とりあえず、宅急便の配送センターに電話してみることにします。例えば、大阪の宅急便センターに届いているなら、そこまで荷物を受け取りに行くということが考えられます。そうすれば、荷物と共に帰宅できるので、部屋の前で空しく待つという必要はなくなります。
電話して確認したところ、どうやら荷物は茨木市新堂センターというところにお昼過ぎに届くそうです。ところが最初、この新堂センターの場所がよく分かりませんでした。クロネコヤマトのホームページから直営店を探したところ、阪急「茨木市駅」近くの茨木新庄センターというのは出てきます。しかし、この茨木新堂センターというのは出てこないのです。
そこで、新堂センターの住所を聞いてネットで調べます。すると、私の家よりも東側にあるということが分かりました。確かに、新庄センターよりは新堂センターの方が自宅に近いです。
奇しくも、この歩き遍路旅の出発前日に0日目の朝食や昼食を買いに行ったのは、この新堂センターの300メートル北にあるファミリーマート茨木鮎川五丁目店でした。なぜかこの旅は、茨木の鮎川地区に始まり、鮎川地区に終わるという状況になったわけです。
幸いなことに、荷物を受け取って帰宅できる目処が立ちました。さすがに最後はタクシーを使うしかないでしょう。
10時10分ごろ、4泊した天然温泉玉藻の湯 ドーミーイン高松中央公園前をチェックアウトします。
信号を渡り、まずはファミリーマート高松亀井町店に行きました。ここも5日間お世話になったお店です。このときは飲み物だけ買いました。何か食べると、お腹の調子が悪くなるかもしれないからです。バスでトイレに入る、というのはちょっと恥ずかしいのでできれば避けたいですからね。
例の戦国武将の苗字の店員さんは、前日につづきいらっしゃいませんでした。最後だったので、ちょっと残念でしたね。
10時20分ごろバス停に到着しました。ベンチに座り、ゆっくりとバスを待ちます。
すると、一人の男性が話しかけてこられました。60歳前後くらいでしょうか。私の荷物を見て、お遍路さんだと思われたそうです。
一応菅笠は風呂敷で包み、金剛杖は竹刀入れに入れているのですが、知っている方が見ればやはり一目瞭然なのでしょう。
何でも、その男性もお遍路に魅了されて、北海道からわざわざ移住してこられたそうです。どこどこの旅館が休んでおられるとか、そういったことも詳しくて、いろいろ教えていただきました。
「県庁通り」バス停からJR「茨木駅」まで
10時34分、バスが来たので乗り込みます。男性とも、お別れしました。私の他にもバスに乗る方がいらっしゃいました。意外と利用率が高いんですね。
私は普段、ほとんど高速バスに乗ることがありません。マイカー移動が多いですし、他の手段としても鉄道がほとんどです。しかし今回の旅では路線バスに相当お世話になりましたので、最後もバスを利用しようと思ったわけです。何より、乗り換えがないというのがありがたいです。
高松から大阪まで電車で戻る場合、「岡山駅」で乗り換える必要があります。
高速バスはJR四国バスでした。JR四国バスには、久万高原に行った25日目から27日目にお世話になりました。高速バスではなく、路線バスでしたが。
バスは「県庁通り」を出発した後、「栗林公園前」、「ゆめタウン高松」、「高松中央インターBT」と停まっていきます。途中の停留所でも、結構乗ってこられました。ただし、2人席で隣はもちろんいらっしゃいませんでしたし、乗車率は25%くらいだったのではないかな?と思います。もともと人数制限を設けておられると思います。
ですから、菅笠と金剛杖も隣の座席に置くことができました。トランクルームから荷物を出し入れしてもらう必要がないので、助かります。
この後、バスはさらに「高速三木」、「高速志度」、「高速津田」、「高速大内」、「高速引田」と停まっていきました。最後は私が当初乗車を予定していた「鳴門西」です。ここは、パーキングエリア内にバス停があります。
この後、ちょっと記憶がありません。淡路島に入ってから、室津PAで休憩があり、そこでトイレに行きました。
その後バスは阪神高速に入り、大阪方面に向かいます。位置的になんばの方が後だと思っていたのですが、先に「JRなんば駅(湊町BT)」に到着しました。
そこから少し下道を戻るような感じです。JR「大阪駅」には14時6分到着予定でしたが、14時ごろに到着しました。少し早くて、ありがたかったです。
おそらく14時10分の「高槻」行の普通電車に乗り込み、「茨木駅」には14時27分に到着しました。
JR「茨木駅」から自宅まで
JR「茨木駅」をおそらく14時30分ごろに出発し、ヤマト運輸 茨木新堂センターには14時45分ごろに到着したと思います。この日は記録を残していなかったので、記憶頼みです。
JR「茨木駅」では、上に載せているGoogleマップと違い東口からタクシーに乗りました。そのまま東西通りを東に向かいます。運転手さんには、ヤマト運輸 茨木新堂センターに行ってからまた少し戻って自宅に向かってもらうようにお願いしました。
タクシーはシエンタタイプの車両でした。最近、このタイプが増えてきました。車内は広いですし、荷物が多くても入れられるので、ありがたいですよね。
15分ほどで、ヤマト運輸 茨木新堂センターに到着です。きちんと電話で話が通っていたらしく、荷物は配送に回されずに取り置いてくださっていました。これで家のカギをGETできたので、無事に帰宅できます!
それから10分もかからず、自宅に到着です。2,000円はしなかったと思います。これで、歩き遍路の旅はいったん終了しました。
翌日から出勤ということもあり、荷物は少しだけ整理するに留めておき、スーパーへ買い出しに行きました。午前中の便で四国を出発してよかったです。翌日の出勤の備えをすることができました。
ということで、この日のレポートは大した中身のないレポートとなってしまいましたが、いったんこれで四国八十八ヶ所 歩き遍路の旅シリーズは完結です。
時間的余裕があれば、88番札所大窪寺から徳島港まで歩いて戻り、高野山まで歩いて行って、満願までレポートしたいところでした。しかし、今回は時間的制約があったので、それは後日に譲ります。
そして実は、高野山から那智山まで歩いていき、そのまま西国三十三所 歩き遍路の旅へと移行するという壮大な計画まで持っていたのですが、仕事の関係上2021年度中にはそこまで持っていけそうもありません。
ということで、今後しばらくは、四国歩き遍路の旅のまとめ記事や、その他日常的ななかでの西国三十三所、四国八十八ヶ所に関わるニュースなどをアップしていきたいと思います。
これからも、西国お遍路“行雲流水”をよろしくお願いします!!