西国お遍路“行雲流水”

西国三十三所や四国八十八ヶ所を雲のごとく水のごとく巡礼した記録

お遍路読書感想② 種田山頭火『四国遍路日記』を読みました!

『四国遍路日記』 PC画面を撮影

以前、白川密成師の『マイ遍路―札所住職が歩いた四国八十八ヶ所―』のレポートを作成しました。「お遍路読書感想①」とタイトルにつけてしまったからには、②以降も作らないとな~ということで、2回ほど読んだことがある種田山頭火先生の『四国遍路日記』をレポートします!

種田山頭火『四国遍路日記』読書レポート

最近、著名人の方も次々と四国遍路をしておられます。それらの交通手段はさまざまですが、元来は「歩き」という手段しかなかったわけです。そこで、今回は貴重な戦前の歩き遍路の様子が分かる本をレポートしたいと思います。

本について

書誌情報

著者   :種田山頭火たねだ・さんとうか

読み仮名 :シコクヘンロニッキ

発行形態 :電子書籍、ペーパーブック

出版社  :ゴマブックス

頁数   :64ページ

ISBN   :4777149374

電子書籍 価格   :440円(楽天Kobo)

ペーパーブック 価格:1,100(Amazon)

著者プロフィール

俳人。荻原井泉水に師事し、自由律の俳句誌『層雲』に属したが、大正14(1925)年熊本の報恩寺にて出家。自在闊達な心境を句に託しながら、生涯にわたる行乞(ぎょうこつ)放浪の旅を死去するまで続けた。

※国立国会図書館ホームページより引用*1

紹介

(この旅は)世間からは、ほいとう扱いにされ、宿にも泊りにくい五十八歳の老廃人の旅と見るべきである。筆致は淡々としているが、よく味読すると、涙の出るような修行日記である。彼はこの旅で心を練り、ずい分と、体を鍛えさせられている。果たせるかな土佐路に入ってからいよいよ貰いが少くなり、行乞の自信を失った、頼むというハガキを、柳川の緑平と、広島の澄太に出した。高知郵便局留置と言うので、二人は彼の言うて来た日に着くように為替を切って送金したのであるが、彼の足が予定よりも早すぎて、高知に四日滞在してそれを待ったがなかなか着かない。そこでへんろを中止して仁淀渓谷を逆って久万から松山へと道を急いだのであった(大山澄太氏の解説)。

※所収『山頭火著作集Ⅲ 愚を守る』

本を読んで

本を読んで、思ったところを書いていきます。

歩き遍路実行程表(ネタバレあり)

種田山頭火先生の歩き遍路の実行程表をここに掲載します。

・距離は著書中の記述を拾っています。1里は約4kmです。「0里」というのは、行乞を除き移動がなかったことを指します。

・札所名は著書中の記述を元にまとめています。( )の中は、現在の一般的な呼び方です。

・宿の宿泊費も著書中の記述を拾っています。曖昧なものに関しては、最後に「?」をつけて区別しています。

純粋な感想(ネタバレもあるかも)

この本は日記文学ということもあり、書籍としても非常に小編です。真剣に読めば、1時間足らずで読み終わるでしょう。

種田山頭火先生の日記は私もいくつか読みましたが、とにかくアル中だな、というのが感想です。やはり娯楽がない時代だったから仕方がないのでしょうか。せっかく宿に着いたのに、雨の中、何町も先の酒屋までわざわざ酒を求めに行くというのは、ちょっと私の感覚では分かりかねます。この時期はまだお遍路という目的があったためか、それほどの深酒はしていないようですが、松山に定着してからがよくありません。

この日記につづく『松山日記』『一草庵日記』などでは、酩酊して前後不覚になることがままあります。そして朝から体調が悪いというような記事も増えていき、とかく無気力になっていくようなさまが書かれています。肝臓が悪いのでしょう。

最近では史書の記述を元に、歴史上の偉人の病気を探る研究が進んでいますが、種田山頭火先生の場合は間違いなく肝硬変だと思います。まあ、私は医学の素人ですが。

とにかく、アル中の行動というのが理解できないのですが、それ以外では面白いところも結構あります。

例えば、その地その地での出会った人々との交流です。6人の子どもがいる貧乏夫婦に泊めてもらうなど、人情の温かみも読みとることができます。しかし一方で、なかなか宿に泊めてもらえないということが書いてあるなど、明らかに乞食遍路である種田先生は、かなり苦労されたようです。

宿の食事までまめにメモをとっていたり、毎日の行乞の成果をきちんと記録していたり、種田先生はなかなか筆まめで、ほぼ毎日俳句を詠んでおられます。

私が気に入った句をいくつかご紹介しましょう。

海鳴そぞろ分かれて遠い人をおもふ (11月6日)

脚のいたさも海は空は日本晴れ (11月8日)

水音明けてくる長い橋をわたる (11月9日)

朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちりしく(11月21日)

この辺の句は、実際に四国歩き遍路を体験した私も共感できるものです。

ただ、素人の私はどうも自由律の俳句にそれほど興味がわかないのですよね。五・七・五だからこそ生まれるリズムというのがあって、それこそが俳句の醍醐味だと私は勝手に思っているのですが……。皆さんは、いかがお考えでしょうか。

実は山頭火先生も五・七・五で詠まれた句もあります。

山頭火先生は、11月6日に24番札所の東寺(※最御崎寺のこと)で小犬に咬まれてしまいます。そしてその翌日は、今度は別の犬になつかれて困ったということを書いておられます。そのときに詠んだと思われる句が次でです。

ついてくる犬よおまへも宿なしか (11月7日)

ご自身の身の上と重ねて、詠んでおられるのだと思います。

巡礼者目線の感想(ネタバレあり)

これまで私は四国遍路関連の映画を4本、本を1冊ご紹介してきました。その中で、戦前の四国遍路に関する情報はなかったように思います。その戦前の四国遍路の情報を教えてくれるのがこの本です。非情に貴重な情報がたくさんあったと思います。

まず、宿に関してです。宿に泊まるためには、宿代だけではなくお米をも払わないといけない。これは、映画「むすめ巡礼 流れの花」(1956)と共通していると思います。「むすめ巡礼 流れの花」でもご詠歌を唱えながら托鉢しており、一般の家庭からお米をいただいていました。こうやって得たお米を宿に渡して、自分の食い扶持としていたのでしょう。山頭火先生も、お米と宿代の両方を宿に支払っておられます。基本的に5合分渡して三食分にしているという記載がありますが、宿代の代わりに米を多く支払うこともあるようです。

また、米に関して興味深いことが2つ書いてあります。

1つ目は、「四国の宿の御飯は他の地方のそれよりも正確で、量が多いことは間違はない」と書いてあることです。これはつまり、中国地方などよりも米が豊富にあったということを意味しているのかもしれません。それゆえ、宿側が誤魔化す必要がないのでしょう。

2つ目は、「遍路さんお米を売ってくれないかとおかみさんがいうのである」との記述です。何と、お遍路さんならお米くらい持っているだろうという前提が成立しているわけですよね。西日本ではお米が通貨の代わりをしていたとも言われていますが、お遍路さんならば現金よりもお米を多く持っていたのでしょう。

次に、行乞について書きましょう。行乞とは、托鉢のことだと考えればいいでしょう。お遍路をする際、先立つものが不足してくることから、家々を巡って托鉢していたわけです。映画「むすめ巡礼 流れの花」(1956)でもその様子が描かれていたということは、上述しました。

さて、この行乞ですが、結構高知県では苦戦しているようなのです。このことは、高知県ではお遍路さんのことを快く思っていない人が多い、という現在の状況にも重なります。山頭火先生の行乞でも、とくに遍路道沿いは惨憺たる結果でした。一方、遍路道を逸れてショートカットして久万高原に至る道に入ってからはかなり成績がよく、11月16日から18日にかけての3日間で、銭171銭、米3升3合を獲得しています。遍路道を歩いている序盤の11月4日から6日の3日間では、銭10銭、米1升3合しかもらっていませんので、その差は歴然です。ちなみにこの少なかった3日間というのは、現代でも10kmにわたり自動販売機がない道がつづく「ゴーゴー砂漠」(※砂漠のような国道55号線。南坊が命名)と重なっています。

やはり遍路道沿いでは渡す側も乞食遍路にうんざりしているということと、遍路道を逸れるとお遍路さん自体が珍しいため憐憫の情の方が勝つということでしょうか。

また、自由律俳句の山頭火先生ですが、お遍路スタイルも自由です。おそらく納経帳のようなものは持ち歩いておられないのでしょう。ところどころ遙拝で済ましておられます。山寺や、街道から逸れるところはほぼ遙拝でした。20番札所鶴林寺、21番札所太龍寺、22番札所平等寺にいたっては、言及すらされていません。

また、高知の山西屋は札所横の宿だと記載されているのに、その札所に参拝したかどうかについても、書かれていません。高知市内では、29番札所国分寺遙拝しただけです。

その後もせっかく久万高原まで行っておきながら、45番札所岩屋寺はすっ飛ばして44番札所大寶寺の次は46番札所浄瑠璃寺に参っています。

以上、いろいろ突っ込みどころはありますが、この本は戦前のお遍路さんの事情を今に伝えてくれる歴史的な価値のある書籍だと言うことができます。

最後に

私も歩き遍路を始める前にこの本をサクッと読んでから出発しました。歩き遍路の実態としては、今とは異なる部分が多いかもしれませんが、歩き遍路の醍醐味という部分では共通することも多いように思います。皆さんもぜひご一読いただき、戦前のお遍路さんの気分を味わっていただきたいと思います。

オススメ度:☆☆☆☆★